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108.思いの他恋愛の絶望は大きいのです

 2021年05月03日

絶望にも種類がある。

余命宣告の際の絶望と、好きな人から突然恋愛的宣告された際の絶望。

先日気丈な友達が、いてもたってもいられず突然会いたいと連絡がきた。

10年近く生活した彼女が突然出ていってしまったというもの。

彼は「こんな小さなことで呼んでごめん」と、俺の前で初めて涙を流した。

仲間うちでも涙を特別馬鹿にする彼だからこそ、恥ずかしかったのだと思う。

でも思いの他恋愛的宣告は、痛くて深いので当然です。

まず相手の本心は決まっていて変わらないから。こちらからはいじれないから。自分がどうこうできないから底のない苦しみ果てのない苦しみに至るからです。

私も男として成人してから初めて涙を流したのは恋愛的宣告の時でしたし、真剣に神頼みを本気で初めてしたのも恋愛的宣告でした(笑)

だからこそそのあまりにも親しみやすく安易にすら感じる恋愛的宣告には、表面にはでてこない意地の悪いへその曲がった絶望があるのです。 

むしろ余命宣告は、自分がすがることのできる治療があり、そしてそれを乗り越えた先には一筋の光がみえる。自分次第でなんとかなるからまだ優しいし、一応死んでしまえば終わるので底があるのです。なんなら言ってしまえばへそは曲がっていない。

純粋で誠実で真っ直ぐな絶望です。

なので他の人を好きになってしまってとかの相手からの恋愛的宣告だったら特にその絶望に底はないし、自分の努力が一切反映されないへそ曲がりな絶望なので、その親しみやすさとは裏腹でとてもつらい筆舌に尽くし難い絶望なのです。

腰砕けになって

涙があふれて

半狂乱になって

誰かと会わずにいられない。

神にすらすがる。

立派な相当な絶望なのです。

だから恋愛で絶望した友達が頼って来た時には、馬鹿にしたり、茶化したりせず、ただ友が納得するまで、話を聞いてあげ、落ち着くまでただただ横にいてあげて下さい(笑)

それが一番うれしいし一番助かるので。

『レンタル何もしない人』の本当の価値は、この時初めて強く理解できました。

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