89.『414』
2021年01月18日
今日は少し不思議なお話を。
世の中にはリアルだけでは説明しきれない話って結構あると思うんです。
簡単に言って
おばけとか(笑)
宇宙人とか(笑)
わかりやすい例えですよね(笑)
少し前から私は人が死ぬ日にちに特別な執着があって、
自殺でなくて自然死や事故死や病死でも、
何か特別なメッセージというか、その人の意識的なもの、意志的なものをその数字から強く感じて来ました。
私の母方の父の時もそうだったし、父方の父の時もそうでした。
最近気になった記事。。
皇族眞子様の御成婚が世間から大バッシングされてもなお、眞子様が決してブレないことで賛否両論飛び交い巷を騒がせていますよね。
皇族がそもそもお見合いではなく自由恋愛で結婚できる事自体、本当にすごく時代は変わって来たんだと感じます。
話は少し移動して、母方の父がなくなったのが4月14日。
私にとっては人生で初めての身内の葬儀でした。
にもかかわらず、何故か別の所で非常にその数字が頭から離れず葬儀中も終わった後も、ひとり答えを探し続けていて、ひとつの不思議な結果が導きだされて来たのです。
祖父は、その前日かなんかになくなった自分のいとこの葬儀場に着いた瞬間、「気持ちが悪い」と倒れてそのまま帰らぬ人となりました。
奇しくもその日は「友引」という日。
本当にいとこに連れていかれてしまったのです。
二人はいとこ同士だったのですが、それ以上に親しかったようです。
今の時代となれば、
同性婚できる地区もありますし、いとこ同士の結婚もできるようになりましたが、
私の祖父の時代はまだまだ親の決めた人とお見合いをして結婚するのが当たり前の時代ですので、好き同士が当たり前に結婚できる時代ではありませんでした。
野暮な私が勝手に想像をすれば、
私の祖父は、すごく親身になってあげていたそのいとこと実はプラトニックな関係にあって、まだまだ時代背景もあり、そういう結論には至れなかった。
ふたりは、どちらもお見合いで別々の人と結婚し、その果てにいとこは精神を病んで結果身を投げたと後から言われています。
そして祖父がそのいとこの葬式に駆けつけたのが4月14日という日なのですが、
私は閃いてしまったのです。
414。。
4がふたつ
で
42(しに)。。
1があって
421(しにい)
4と1と4を足すと
9になる。
4、2、1、9(死に行く)
つまり4月の14日は、
祖父が「死に行く日」で決まっていて、さらに「友引」の日だったという裏付けができてしまったんです。
世間体や親や常識に縛られ翻弄され好きな人と当たり前に一緒になれない時代が確かにそこにはあった。
今では皇族ともある究極の公人が、市民からの大バッシングや両親の反対すらもはねのけられるようになったこの時代。
眞子様の御成婚ひとつとっても色々な意味で、様々な事柄を内在させているすごい時代になったものだと、私は思います。